「東急ハンズ」という会社をつくることは決まりましたが、その実態はまだ社内的はよく理解されていませんでした。
実態を示して社内の了解を得るために藤沢店は作られました。
スタッフの「自分たちも買い物を楽しめる店をつくりたい」という理想のすべてにおいて手本となる店がなく、さらにそれを「商売についてはまったくの素人」が挑んでいったのでした。
今でこそ「東急ハンズ流」のように言われるいくつかの商売の方法も、理論の積み重ねで生まれたのではなく、実際にそうせざるを得なかったから出来たものだったのです。
例えば東急ハンズは商品を仕入れる際、手形ではなく現金(翌月に口座振込み)するのは、「東急ハンズ」といっても信用度はまったくなく親会社の名前を出しても不動産屋にハンズで扱うような商品を卸してくれず、現金でなければ仕入れが出来なかったからです。
また、東急ハンズの接客ではお客様からのお問い合わせの商品がなかった場合「ない」だけでは終わらせず、目的や利用方法をお聞きして代替品をすすめたり、扱っていそうな他の店を紹介していました。それはスタッフ本人たちが買い物をした場合、そうして欲しかったからです。
こういった事を物語る例をいくつか書いてみます。(残念ながら現在ではここまで実践できてないことが多いですが)
ある時お客様からお店で扱っていない商品について質問されました。「他の店で買おうと思ったけどそこではよく説明してくれなった」
スタッフはお客様と一緒にその店に行って商品を見て説明しました。
「ドアクローザーのビスだけ欲しい」。扱いがなかったためお店の事務所のドアのビスをはずしてお渡ししました。「あそこの店に行けばなんとかしてくれる」という信頼を得るための行動でした。その後そのビスは店頭に並びました。
真冬に「網戸の網が欲しい」というお客様には、季節はずれでもなんとか調達しました。
その後網戸の網だけでなく、バーベキューの炭も季節に関係なく扱うようにしました。
販売方法だけでなく仕入方法も独特でした。
「仕入販売制度」も仕入部をつくるほどのスタッフがいなかったからで、また商品を吟味して仕入れた者がもっともその商品知識が詳しいからお客様に商品説明する「コンサルティングセールス」につながったのです。
東急ハンズが初めて世の中に誕生したのは1976年11月。藤沢店のオープンです。
「手づくりの良さと楽しみの再発見」が基本テーマのお店でした。
それを具現化したのがお店の入り口正面に設けられた「工房」でした。
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10坪の全体が七角形ガラス張りでした。
ここでは職人出身のスタッフの仕事ぶりが丸見えで、お客様に手をつくることに興味を持ってもらい、これなら自分にもできると楽しんでもらうことが目的でした。
素人ならでは斬新(?)かつ無謀なアイデアは宣伝にもありました。
お店のオープンを知らせる予告チラシでは商品に価格が表記されていなかったのです。
オープン予告チラシ
普通なら「オープン特価」とかでお客様に来ていただくのでしょうがこんなやり方は通常ありえません。
安売り店のイメージを避けるためでしたがそれより価格を入れることでお客様にイメージを固定されてしまうより「何かわからないけど何かがありそう」と思っていただこうというものでした。
藤沢店は地元の方々にすぐに受け入れられ、オープン3日間に2万人のお客様が来店されました。
最初の紙袋。手提げではないですが大量に配られ、お買い物のお客様に街中で「お店(ハンズマーク)を宣伝」していただきました。
こうして毎日が試行錯誤の繰り返しで少しづつ形づくられていった「東急ハンズ業」ですが、渋谷店の完成前にもう一店、二子玉川にお店がつくられたのです。