東急ハンズヒストリー
東急ハンズ渋谷店、ここがハンズの「本店」で「1号店」と思っている方が多くいます。
でも本当は(すでに閉店してしまいましたが)「藤沢店」が1号店なのです。
さらに2号店は(これも現在閉店中の)「二子玉川店」です。
渋谷店は東急ハンズとして三番目にできたお店なのです。
でも東急ハンズにとって、企画のスタート時点で目指したのは渋谷店だったのです。
「東急ハンズ」というお店はどうしてできたのでしょうか?
そこには、当時世の中に類型のお店のなかった「ハンズプロジェクト」を立ち上げたスタッフの苦労がありました。
最初の話は今から35年前の1972年、東急ハンズの親会社である東急不動産が今の渋谷店の土地を取得したことに始まります。
※ちなみに東急ハンズの親会社が「不動産業」というのも変わっていますが、当時のホームセンターにはこういった例が多かったのです。(建材屋さん、タクシー会社等々)
この土地には以前教会があったのですが、不動産が取得してあらたに商売を始める場所としては駅から500mも離れ、L字型の活用しにくい地型、しかも坂道に面しているという悪条件でした。
今でこそ渋谷店のまわりにも多くの人であふれていますが当時は人通りの少ない、駅から遠い場所だったのです。
あらたに集められたこのプロジェクトチームのメンバーが考えたこの場所の活用案としては、服飾ビルや分譲マンション、ホテル、飲食等ビルやそれらの複合ビルをつくろうというものなどがありました。
企画検討の中で「(親会社の)不動産という観点で住関連商品を中心に幅広い品揃えをすればおもしろいお店ができるのでは」という観点からさらに検討を続けました。
そんな中である人から聞いた店づくりのコンセプトが大きなヒントになりました。
「昔、小学校のクラスに図工の好きな人が4、5人はいた。その比率からすれば全人口の一割位の同じ趣味の人を対象にすれば商売としてなりたつ筈」というものでした。
これを聞いたスタッフは奮い立ちました。
それと同時に当時の日本の中で広まりつつあった日曜大工用品店・ホームセンターという新しいお店に着目して、これからはじめる新規事業は
「ホビーを中心とした新しい業種」を模索することにしたのです。
それゆえに単なるDIY店ではなく「これまでの世の中にない物販店」でなければと考え、これだけハンデのある場所での商売はうまくいかないだろうと覚悟していました。
長期に渡る議論の末まとまった企画内容では、新しい業種のイメージとしては
「住生活関連、DIY、ハウジング、インテリア、ホビーを中心とした品揃え」とするというものでした。
そのキーワードは、
・ホンモノ商品
・生活向上のための商品
・ワンストップ性
・衝動買いにも対応
・楽しさの演出
・既存の領域やルートのすきまをつく(今の言葉で「ニッチェ」?)」
これを展開する店舗イメージとしては、
年齢・性別を問わず、精神的に若い人々をターゲットに明るく華やかなイメージの店舗がふさわしいと考えました。
売り方のアイデアにも工夫がなされ、
・プロにも魅力があるような商品の品揃えと価格
・正社員全員がコンサルタントとしてお客様からのご相談に応じ、あわせて仕入れも行う。
・現物が置いてなくても注文に応じる
・イベントを重視して話題性をもたせる
建築する建物も様々な工夫をこらし段差のあるL字型を生かした、ABCという三つのフロアを段差でつなぐ「スキップフロア」という斬新なスタイルの店舗を計画した(当時のメンバーによると銀座にあるビルを参考にしたとか)
こうして「東急ハンズ」の基本構想はできあがっていったのですが、実際の「渋谷店」ができるまでにはまだ様々な検証が必要と考えていました。
さらにイメージとポリシーだけが先行していたそれまで世の中にない新規事業が社内的にもなかなか承認されず、いきなり渋谷の土地で展開することにかなりの不安があったようです。
こうして東急不動産が所有していた藤沢の土地に実験店舗を構築する案が浮上してきたのです。
(つづく)



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